土と火そして釉薬が織りなす、人と炎のイマジネーション

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訪ねた場所
朝日焼 /玄窯(京都府宇治市)

玄窯の夜の静と動

3月11日20時、玄窯の窯焚き(焼成)もあと少しで終わろうとしている。
朝日焼の登り窯での窯焚きは3日間夜通しで通して行われます。

そこにあるのは躍動感とほど遠い圧倒的な静寂。
ものづくりの現場特有の慌ただしく躍動感に満ちたイメージを抱いて訪れると、そのイメージは大きく覆されるでしょう。
まるで神儀の場のような、厳かというのか? 私たちが感じる時間の進み方とはどこか異なる空気感。
その3日間は、穏やかな空気と思い詰めた空気とが、まるで炎のゆらめきのように、暗く無心の未知の空間を何度も何度も行き来します。
確信も手応えもはっきりと掴めないまま、私たちは職人の変化に目を配らせるしか手立てはありません。

夜の暗い空間の中では、窯にあるのぞき窓から見える炎の眩しさだけが際立ちます。
窯の中はピークでは1,400度超にもなるという特殊な状態です。
この状況では人間の日常で使う視覚や聴覚などまるで頼りになりません。炎の状態、温度だけを唯一の頼りに、職人はただ辛抱強く見守り続けます。

すざまじい高温の炎を目の前にして、まるで焚き火を眺めるかのような穏やかな表情がひときわ印象的でした。その穏やかな時間がこのままずっと続くかと思いきや、突如、十六世豊斎の声が玄窯に響き渡り、職人たちは窯の中をつぶさに覗き込み、薪を指定した場所に細かく焼べはじめます。

人間は自然の凶暴とも言える力を目の前に、そのあまりの無力さにただただ畏怖の念をもって立ち尽くします。
窯焚きの前に行う、この土地の神への祈りの儀式にもそれが現れています。
「未知なるもの = 神」に触れるものづくりだからこそ、土に、炎に、そしてこの土地に祈りを捧げるのです。
この場の神聖さの正体。朝日焼のプリミティブへの眼差しと、ものづくりへの執念は、今日においてこそ大きな意義があるように感じてなりません。ただ伝統を守るということではない、それ以上に大切な「もの」へのメッセージが込められているのです。

工業的、機械的に作られるものがこの世のすべてのように思える現代から見れば、これらの “ものたち” は、人の手によって作られた人工物なのか、それとも神が与え給うた天然物なのか、その存在を大きく問う “異端” なものでもあるからです。

朝日焼は400年もの間、宇治のこの土地で土と火で作られる自然の造形芸術に、人間がどう関われるのかを問い続けてきました。

これは焼き物をめぐる人間と自然のイマジネーションのドキュメントです。
何世代も継いで精錬を積み重ねてきても、登り窯での採れ高は、窯入れした作品全体の2割程度しかないといいます。効率化が求められる現在において、これほど非効率なものもないかもしれません。
しかしそこから作り出されるものは、この世に二つとないもの、一つひとつに物語があるのです。

私たちが手にとって感じる美しさや感動は、それが人が作りだす想像力と、作為では決して作れない自然の芸術の両方が、その境界を一切感じさせないほどに結合している稀有なものだからでしょう。

さて、登り窯では一時穏やかだった職人たちがまた慌ただしくなってきました。

十六世豊斎に聞く

Q. 登り窯で焼く難しさとは何でしょうか?

窯焚きというのは、薪を焼べて燃料となって窯の温度を上げていくことで焼き物を焼くという行為なのですが、その中である種チキンレースのような部分があって、薪をたくさん入れて、決まった温度になればOKということではなく、その温度になる時にどういう窯の状態であるかということが焼き物を焼く上で非常に重要なポイントになります。

焼き物の色を決める時間帯、釉薬が溶け始めて、ある程度それが溶けきるまでの間、どういう温度の推移、窯の中の状態にあるのか。ぼくたちは “窯の雰囲気” と呼んでいますが、酸素が足りている状態なのか、足りていない状態なのか、その雰囲気というものを感じて薪の量を決めていく、その雰囲気をいかにコントロールするかを常々考えています。

Q. 窯の雰囲気をコントロールとは、実際どのようなことをするのですか?

1,000度超えるまでは焼き物にそんなに影響を与えないのですが、1,000度に上げていく間のインターバル、それがどういう風に温度が推移していくかの調整期間みたいなところ、ぼくたちは “ホタホタ” と呼んでいますが、そこに向かって思い描く温度になるように整えていきます。そこから薪を沢山入れて酸素が足りない状況を作っていき、次に薪の量を減らしていき酸素を少しずつ窯の中に供給していきます。それが “茶碗が酸素を吸っていくような” すごく漠然としたイメージの中で、「足りてるのかな?足りてないのかな?」と、常々意識して窯の中を想像するんですね。

その時にぼくたちが見ているのは、温度計、火の勢い、火の色、窯の中。
穴が空いたところがあって、そこから火がボーボーと吹き出してくるんですが、その吹き出し方によって、酸素が足りているのか足りていないのかが分かります。窯の中の全体の酸素の量というは、ある1ポイントを測ったとしても全体を掴むことは難しくて、やはり想像するしかない。想像するためには経験しかなくて、経験値から基づいて「今どれくらいなんだろうか?」と想像し仮定して、薪の量とタイミングを決めていきます。その仮定が間違っていると当然、結果が悪くなってしまいます。ズレているのかズレていないのかという葛藤の繰り返しです。

ところが途中までは想像している通りに推移しているのに、突如として違う動きを窯がしだす時があるんですよね。
“前回はこんな状況で、こうだったからこうなるはずだ” と思っていても違う動きをします。当然毎回気温も違えば、窯の中に入っているものも厳密には違います。窯そのものも年月を重ねることでちょっとずつ変わっていきます。その中で何が今正しいのかをイメージを膨らませて、今までの経験を加えて調整していきます。

Q. 炎の状態が焼き物にどのように影響するのでしょうか?

ぼくたちの焼き物の中で “鹿背(かせ)” と呼んでいる、鹿の背中のような模様のある作風だと、酸素が十分供給された状態で焼かれると真っ黄色に焼き上がるんです。酸素が供給されていない、足りない状況で焼くとグレーに焼き上がります。これをどっちかに寄せることは結構簡単なのですが、その微妙な間を突いていくと、カーキ色またはグレーの中に斑点模様、その両方が共存する非常に複雑で美しい色合いを出してくれるんです。そのどっちかではない微妙なところ、非常に狭いレンジの中での勝負。これが一番難しいところです。

例えば鹿背の場合ですと、焼いた内の良く採れて15〜20%ぐらいが自分の中で作品として世の中に出せるレベルのもの、残りの8割がうまくいかない。それが窯焚きが成功したという時は、20%ちょいぐらい、失敗した時は10%以下になってしまう時もあります。

成功しても2割程度で残り8割は残念ながら破棄することになります。もちろん愛情込めて作ったものですので自分たちで使うこともあります。とはいえ沢山出来上がりますから、残念ですが割ってしまうということになります。
1回の窯焚きで自分の作品としては茶碗が300点ぐらい、その他のものを含めて400点近く、朝日窯全体としては1,000点近く作ります。その中で、作品として特にシビアに見ているものは2割ぐらい、もっと日常的に使う器の場合は5〜6割ぐらい採れます。

Q. 経験を重ねることで失敗は少なくなるのでしょうか?

もちろん経験と知識が増えて、自分の中で「焚ける!」という自信が付いてきましたが、うまく焚けるようになってきたなと思っていると、何回かに一回、自分の中で想定外のことが起こって、今まで自分が100%理解できていると思っていたことが、本当は20%ぐらいのことだったのかなと思い知らされるようなしっぺ返しをくらうことがあります。

実は今まさに焚いている部屋は自分のコントロールが全然うまくいかずに、結果はまだわからないのですが、すごく困惑した状況です。最初経験が少ないときは、「自分はこう焚くんだ!」と思った焚き方しかできないのですが、それが意外とうまくいくことがあるんです。でもそれが通用しなくなって違う状況が生まれた時にどうやって対応するかという引き出しが増えてくると、こんどは逆にどの引き出しを使うかの迷いがでてきたり、結構難しいものだなと思いますね。
今だに本当に恐る恐るというか、考えながら、うまくいったり、いかなかったりを繰り返しているので、常に新鮮な気持ちで挑んでいます。

豊斎メモ 2021.03.11

穴1

今回、コッパを入れなかったことが奏功したのか、緋色が好みのテイスト。最近、緋色が強すぎることが多かったので、次回もコッパなしでやってみることとする。

穴2

穴1終了時点で、40度くらい西が温度が高い状態でホタホタ開始。
うまく調整出来て、1時間後に東1,066度、西1,059度でドラフト全開。
攻めていくとすぐに、東が温度が低く、西の方が火の切れが早い状態へと差がついていく。特に西は最高1,410度を超えるタイミングがあった。 ちょっと上がりすぎに思うので、火前の月白釉が心配。

結果、上段が酸化気味で甘く、下段が還元気味でしっかりと溶けているという状況が意外ではあったが、 概ね良好な焼き上がりであった。下段では紅鹿背が還元していて良いものは少なかったけれども、 上段を中心に紅鹿背もとれ、鹿背は下段も中段も良いものが取れた。
後ろ棚は月白はほとんど要焼き直し。
火前で汲み出し(並釉と黒釉掛分け)はサイズが縮みすぎるし、色も良くないので止めた方がよい。

登1

ドラフト全開から、割とうまく焚けている印象だったのが、そこから、本数を減らしつつ、酸化に持っていきたかったところで かなり火が切れるのが遅いわりに、温度が上がらず酸化させようと思うと、温度が下がってしまう状況。しかも東西の吹き方が、けっこうずれていて手探りを繰り返す。「穴1」の焚口を開けてみたり、試みをしてみるものの迷いが生じる。

特に西側は釉薬の溶け方が、甘すぎる。酸化しすぎを防ぎ、中途半端に還元に戻して色が微妙になることも避けたかったので、途中で止めるようなイメージで終了。

結果、確率は良くなかったけれども、東西ともに端に近いところで数個、良い茶盌が取れた。ベストではないが、悪い結果とは言えないのではないかと思う。火前の根でも、赤並の花入は火に耐えられなくなってきている。

登2

前回(2020年9月)の窯焚きでは「登2」が良かったので基本的に、そこを参考に焚いていく。素直にしっかりと還元をかけつつ、東の火前のSK8が倒れるまでは進めSK8が倒れて、酸化にもっていってからは、温度を下げずにゆっくりと上げつつ引かせていくことを最大限に配慮して進めていく。

結果、ほとんど全滅の最悪の状況。以前にもこのような状況があったが、原因としては、薪の偏りだろうか。ろの部屋の焚き口から、火の回り具合をしっかりとチェックしていく必要がある。

朝日焼の登り窯「玄窯」を知る

玄窯

玄窯は無煙式、登窯、穴窯併設の窯です。
穴窯部分に連結して登窯部分が続く構成ですが、作品の入る部屋を穴窯2部屋、登窯2部屋に分けて、それぞれ「穴1」、「穴2」、「登1」、「登2」と呼んで、順番に一部屋ずつ焚いていきます。
穴窯は基本、炎が一方向です。登窯は焼成の効率が良いように炎が窯の中で大きく回ります。穴窯、登り窯ではそれぞれ取れる釉薬が違いそれを計算に入れながら焚いていきます。また、それぞれの部屋は繋がっているので焼成の影響も繋がる部屋では出てきます。一つの部屋ずつ焚いていくのですが、それぞれが連結しているため、前の部屋を焚き終わった時には、すぐ後の部屋は熱が伝わって800度を越える温度に到達していることになります。

穴1

「穴1」と呼ぶ部屋は、通常の京式登窯の場合、作品が入らずに火袋と呼ばれる部分に当たりますが、玄窯の場合はここにも作品が入る造りになっています。
窯詰が終わってから、アブリ焚きの間中ずっと薪がくべ続けられる部屋です。他の3部屋と一番焚き方が異なり、温度としては一番上りにくい場所。 そのため鹿背や紅鹿背といった作風には適さず、低い目の温度(1,300度強)で強い還元を掛けて焚きます。当代はこの場所で粉引や粉引黒釉の花器などを焼きます。

穴2

「穴2」と呼ぶ部屋は、一番広いスペースを持つ部屋です。「穴1」が焚き終わると、ホタホタと呼ぶ温度の調整時間を経て、「穴2」の焼成に入ります。「穴2」「登1」「登2」は基本的には近い構成の窯詰となり、火前に還元の強く掛かる月白釉などの作品。そして火から遠く離れている場所に鹿背や紅鹿背の作品が入ります。 穴2はスペースが広い分、還元に適した作品が登1と登2よりも多く入ります。薪を入れる場所が2か所あることも特徴です。月白釉の作品が一番美しく焼きあがる確率が高いのはこの部屋です。「穴1」よりは焼成時間は短いですが、「登1」「登2」よりは長くなる傾向にあり、鹿背や紅鹿背も登りで焼ける風合いとは異なった少しユニークなものが取れる時もあります。ピーク時の温度は1,400度近くに達する時さえあります。

登1、登2

「登1」は、穴窯部分とは異なり、火前と台車と呼ぶ二つのスペースで構成されますが、部屋自体は大きくはなく、穴窯部分でしっかりと窯全体の温度が上がっていることもあり、温度上昇が早く、短い時間の中で、酸化と還元を共存させていくために、薪の量を調節していく必要があります。火前は温度が急激に上昇するので釉薬が良く溶ける傾向にあります。基本的に鹿背や紅鹿背の作品を綺麗に焼き上げることを優先して焚いていきます。温度は穴2の場合と同様に1,350度以上で時には1,400度近くにもなります。

「登2」は、ほとんど「登1」と同じように作品を詰めて、焚き方も似ています。若干、「登1」よりスペースは大きくなりますが、最終の部屋であり、これまで焚いてきた熱を貯めていることもあり焼成時間は、一番短くなることが多いです。最高温度は「登1」と同じくらいになります。

価格 253,000円(税込)

茶盌 鹿背 十六世豊斎作

3月に焚いたばかりの玄窯で焼き上がったこの鹿背の茶盌は、特に春のあたたかな光に心が解きほぐされるような感覚を覚えます。もし、自分で名をつけるなら陽光。あるいは春光とでも名付けたくなります。

サイズ  Φ130×h70 mm
素材   鹿背(宇治の陶土)
釉薬   透明釉
焼成   玄窯(登り窯)
箱    木箱 ※受注後に制作、約二週間

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